ちょこちょこ言ってると思うんですけどキャラクターは記号的な方が好きです
この記号的、というのは外見もそうだし、中身もそう
外見でならよく聞くのは「シルエットにしてもそのキャラだとわかる」とか記号の話っぽいなと思います。自分でやるときもできる限り気にしてはいるつもり できているかはともかく
中身の記号、っていうのはちょっとわかりにくいかもしれないんですけど、例えば『ツンデレ』だったり『穏やか』だったり『キレっぱやい』だったりとかっていうそのキャラの性質を一言で表したもの? これは複数あってもいいんだけど、個人的にはそのそれぞれがなかなかに尖っている方が好きです そっちの方がフィクションっぽい 要するにデフォルメなんですよね、人間の内面の
リアルの人間の内面をところによっては薄くしてところによっては強調する、みたいな、絵にしたとき同じ事をする感覚で内面メイクされたキャラが好きです 拗らせすぎて最近は「ギャップがある」とかもそういう記号として捉えがちかな
要するにフィクションの住人に必要以上のリアリティを求めたくないって話になるんですけど、これは何でなのかなあ 結論の落としどころがわからないです
で、話したいのはそこじゃなくて
最近キャラを作るのが億劫で億劫で仕方がなくて、それは何でなのかなあって思ったら自分が『キャラクターを作ったらその記号だけ作って放置してしまいがち』だからなんだな、と
ええと 記号的なキャラクターが好きとは言ったんですけど、それはあくまで『物語の一要素としてのキャラクターの造形』が記号的であった方が好き、という話なので、その奥のキャラクターの深みとはまた別物なんだよね キャラクターの魅力ってやっぱりまずはどうしたってその記号が入り口になってしまう 企画で言うならキャラシに書くようなこと?になるのかな 漫画で言うなら、キャラクターの外見や振る舞い方になるんだと思いますが、それが魅力的でないと興味をもってもらえない そういうものだと思ってるんですけど、私は
私がキャラクターにそのキャラクター個人として求めるのはその奥で、実際に動いたとき何を考えて何をするのかな、という部分なんですよね
ちょっと意地悪なこと言うと多少動いたくらいではわかんないんですよ、そのキャラクターの奥って 他の人がどうかはわからないですけど、私はキャラクターを作って記号を用意して、動かすぞってなったらまずその記号に合わせて動かすので、奥にはなかなか発展していかない
で、奥に発展していく機会って何かな?ていうところなんですけど。企画で言うなら…元企画民なので企画で例えまくっててすみませんなんだけど、他の人のキャラクターと深く関わったとき 漫画で言うならそのキャラクターの動力に深く関わる事件の発生、もしくはその回想の描写になるのかなと
ぶっちゃけると、そこまで辿り着くのってしんどくない?
人のキャラ版権のキャラ自分のキャラでもそうなんですけど、とりあえず説明文読んで「うんうん、それで?」ってなる それ以上がないとすぐに思考から追い出してしまう
作った瞬間からお気に入りの子なんてのはまったくいないです だってそこには記号しかないから その記号から膨らませられる人もいるにはいるんでしょうけど私には無理で、なんらかのきっかけを能動的に掴みにいかなくてはいけないから そのきっかけを能動的に掴みに行くだけの愛着を、その記号に見出ださなければならないから
それができるような記号のキャラクターを作れないから、駄目なんだなー多分
上手く動いて、好みのキャラクターに育ってくれたなと思うのは千里、にしき、黒天とかまあまあ色々いるんですけど、こいつらの共通点って『自身を揺らがす何かに出会っているか』な気もするし 千里は我が強すぎて揺らいだことすら面白がって暴れに行っちゃったけど
元企画民現うちよそ一人相撲大関としてはやっぱり人と遊ぶしかないんかな…って気持ちになってきちゃうな
いや遊びたいんだけど、遊びたい気持ちの分怯えがあるので
その辺をケアできるようにならない限りはこのまま行くかな、と思ってます あとこれから俺屍もやるので、ちょっと毛色は違うけどキャラメイクの練習にもなると思うし というか、ほぼそれが目的なんだよね リハビリしようかなーと
こうしてごちゃごちゃ考えているのが創作クラスタのkonagonattsuなのでした