普段アニポケやニチアサでしか家のテレビを使わない人間だったのですが、最近好きなテレビ番組がありまして…『博士ちゃん』という番組です。テレビ朝日で土曜夜19時からやっている、1時間番組です。
どんな番組なのかと言うと、ある特定の分野の好きが高じて大人顔負けの知識を持った子供が、サンドウィッチマンさんと芦田愛菜さんを相手にその好きなものについての知識を披露するというものです。これがマジで面白いんですよね…。
番組の趣旨に「ある特定の分野に特化した知識を持つ子供をもの珍しがって取り上げる」という面があるのは確かですが、それ以上にその子供の知識がガチすぎて「本格的な教養番組」に片足突っ込んでいるところがあって、そういうところが面白いんだな…と。ジャンルとしては『マツコの知らない世界』に近いと思います。(あちらは放送時間が時間で見られてないんですがたまに見るとめちゃくちゃ面白いよね)
出演者も大変好きです。サンドウィッチマンさんは安心して見ていられる面白い芸人さんだし、芦田愛菜さん(もう愛菜ちゃんとは呼べねえ…)もすっかり大人になってしっかり進行しているし…サンドさんが愛菜さんにちゃんと優しくしているのが本当にいいんだよな。
私は30代後半以降の芸能人さんVS10代後半以降の芸能人さんの「これだから若者は」「時代遅れ」みたいなバチバチが苦手なので、そういうのが一切無いのが助かってる。サンドさんと愛菜さんの組み合わせ、マジで微笑ましくて好きです。そしてこの三人がさらに年下である博士ちゃん=回ごとに違う特定の分野の知識を持つ子供の話をちゃんと聞いてちゃんとリアクションしているところがね…本当にね…世のテレビ番組、永遠に人間同士のバチバチ見せないでほしい。
サンドさんと愛菜さん、少なくともこの番組の中ではちゃんと出演者同士のリスペクトを感じさせてくれるのでプロだなあとも思います。
そういう番組の構成も好きなのですが、この番組のいいところは「自身のリソースのほとんどを割くほどに好きで没頭できる分野を持つ人間」の話を聞けるところだと思います。konagonattsuはさ~~~…その人間の好きなものの話を聞くのがめちゃくちゃ好きなんですよね~~~…。
確かにその人は子供だけど、テレビ番組で取り上げられるほどの知識が伴っていて、何より人を圧倒する熱量を持っているんですよね。すごいことだよこれは…すごいことだ…。
高々(と言ったら言葉が悪いけど)10年、下手したらそれ以下の年数しか生きてない人間が、数十年生きている人間を特定の分野だけでも圧倒できるということ、そしてそれを実現させているのはその人の「好き」って気持ちだということがね…マジで好き…。
あとこれは私の趣味の話ですが、「大人に祝福された子供」という概念がめちゃくちゃ好きで見るだけで救われてしまうので、その子の限られたリソースをその子が好きなものに使うことを許している・見守っている大人がいるということが嬉しいな…喜ばしいな…ってなります。
番組の中でもメインはもちろんその子が紹介する特定分野の話なんですけど、たまに挟まるその子の親御さんによるこういうことがありましたエピソードがいい味を出しまくっている。この子もこんなに喋れるけどちゃんと子供やってるんだな…ってニコニコできるというか。面白エピソードの紹介シーンみたいな、言ってしまえばおまけコーナーなんだけど、親御さんの存在をちらつかされるとkonagonattsuとかいう拗らせオタクが大喜びしちゃうんだよね…不純だよ…不純なのかこれは?
番組の中でもメインはもちろんその子が紹介する特定分野の話なんですけど、たまに挟まるその子の親御さんによるこういうことがありましたエピソードがいい味を出しまくっている。この子もこんなに喋れるけどちゃんと子供やってるんだな…ってニコニコできるというか。面白エピソードの紹介シーンみたいな、言ってしまえばおまけコーナーなんだけど、親御さんの存在をちらつかされるとkonagonattsuとかいう拗らせオタクが大喜びしちゃうんだよね…不純だよ…不純なのかこれは?
番組の最後に愛菜さんがその回の博士ちゃんに、「将来の夢は何ですか?」と聞くのもいいんですよね。
回答はその子によって違って、その回で語った好きなものをより極めるという答えであったり、別だけどちゃんとビジョンを見据えている答えであったり…夢がな…あるんだよな…。
回答はその子によって違って、その回で語った好きなものをより極めるという答えであったり、別だけどちゃんとビジョンを見据えている答えであったり…夢がな…あるんだよな…。
夢を見られる子供概念、本当に胸が熱くなってしまう…。何でここまで考えられるのに私は子供が苦手なんだ…www
私自身子供の相手をするのがめちゃくちゃ苦手なので不思議なんですが、テレビ番組って子供が出ていると面白い確率が高いなと感じます。はじめての〇つかいとかはむしろ苦手なんですけどね…。あれは子供というステータスそのものを直にバラエティに落とし込んでいるから苦手なのかもしれない。この辺の是非については何かを言える立場にないから「苦手」って表現に落ち着くんですけど…。
あとテレビ番組の視聴って一方的なインプットでしかなくて、「会話ではない」というのもミソなのかなと思っています。もちろん対面で人の好きなものの話聞くのも好きなんだけど、そこで会話が発生するとなると自分のリアクションもいちいち考えなきゃいけなくなってノイズになるのかもな…と思います。人の好きなものの話は一方的に聞いているくらいがちょうどいいんじゃないかな…。
でもやっぱりこの番組に出ている子供たちはみんな特別お話が上手いとも感じるので、世の人間すべてにその上手さを期待するのはやりすぎかなあとも思う。何より私が彼らほど饒舌になおかつわかりやすく、好きなものについて喋れる気がしないもんな…。
「話が面白い人間の話を聞くのが好き」なのは別にいいんだけど、これを拗らせ続けると普通の人間の話を聞くのが苦痛になってくるんだよね。これは普通にコミュ障を拗らせる原因になると思うからやめた方がいいぞ…コミュニケーションってマジで難しいですね。
「話が面白い人間の話を聞くのが好き」なのは別にいいんだけど、これを拗らせ続けると普通の人間の話を聞くのが苦痛になってくるんだよね。これは普通にコミュ障を拗らせる原因になると思うからやめた方がいいぞ…コミュニケーションってマジで難しいですね。
…みたいなことを考えると、「話を面白く/上手にできるようになりて~~!!!」って暴れてしまいます。私自身は喋ることは嫌いじゃないむしろ好き、自分の喋りで注意されるより褒められることの方が多い人間なので。まあこれは私が自分の居場所として大人しい人間ばかりがいるところを選び続け、その中で目立ちたがり屋をしたおかげで相対的に元気に見えていただけのように思うけど。陽キャまみれの環境に身を置いていたらこの自信はついていなかったと思う。
最近仕事しててめちゃくちゃモヤモヤするのは、お客様相手に話をしていて砕けた表現しすぎたかな?次から気を付けよう…と思ってしまうことです。直接注意されたことはないんですが、そんなに恐い人がいないせいもあってお客様と喋ることに緊張のきの字も無いんだよな。致命的にやらかすくらいなら日頃からちゃんと注意したいと思うんだけど、でもそうやってガチガチになって話を淡々と運んでいくの、絶対楽しくないしそれは私がしたい喋りじゃないんだよなあ…。
うーんでも結局、会話の仕方はその相手によって最善の方法は異なるものだとも思うので、そういう場合の「上手い」は人に合わせた話し方ができることになるんだろうな。私は私が喋っていて面白く/楽しく話を運びたいという気持ちが強く出すぎちゃうんだよな…。この辺のバランス上手く取りたいですね。
ちょっと脱線しちゃったけど、好きなものの話をちゃんとできることは才能なのかもしれない。でもそれができるだけで少なくとも私はその人に対して強い興味を持つし、素敵だと思うんだなあ…そういう人の話は面白い、もっと聞きたい、と気づかせてくれる『博士ちゃん』、とってもいい番組だと思います。今後も末永く続いていってくれるといいな。