プロジェクト・ヘイル・メアリーについて、和訳小説を読み、その後字幕映画を観てきたのでようやっと感想文を、書きます!
も~~、小説読み終わった時点でめちゃくちゃ言いたいことあったんですけど、すぐに映画も観る予定を作ったので「これは流石に両方履修してから色々喋った方がいいな…」と思って耐えてました。全部出すぞ!
当たり前ですが、めーちゃくちゃネタバレがあります。
私は結構ネタバレ気にしないし、ネタバレ見てなお楽しめるタイプなので、これから言うことをあまり強制したくはないんだけど…まだ読んでない人・映画観てない人はできれば、できればでいいので、ご自身で一度作品に触れてから読んでいただいた方がいいと思います!!!!この作品はそういう作品だと思います。
感想
小説版においてはとにかく「構成が上手すぎる」、これに尽きる。第一章の掴みから最終章までの一連の流れがすべて計算されて作られているように感じます。
なんかもうこれについては色んな人が同じことを言っていると思うので改めて言うことじゃないかもしれないんだけど、設定とシチュエーションが気持ちいいくらい噛みあうようになっている。原作者のアンディ・ウィアーさんも時間かけて書いたらしいというのは聞きました。そりゃこんなことやってたら時間かかるって!!
一応ちゃんと「こういうところにそう感じた」という話もしておきます。色々ある中で私が一番「上手いな~」を感じた部分は、
①主人公グレースがかつて発表した「生物に必要なものは必ずしも酸素・水ではない」という論文を学会の誰もが認めず、ついにはその場所を追われるようになり、でもそれがストラットに見つけられてプロジェクト・ヘイル・メアリーにかかわるきっかけになったこと。
②そこで調べた、人類が初めて見つけた地球外生命体であるアストロファージが水で構成された生き物だったことで、グレースの論文の説得力が一度無になってしまったこと。
③でもさらにそこから時間や距離を超えた先、グレースが出会ったロッキーは本当に酸素も水も必要としない地球外生命体であったこと。
①と③の間に②を挟んでいるのがすげーなと思う。アストロファージという生き物に「グレースの論文を打ち砕く」という役割を与えているの、仕込もうと思わないとやらないことすぎる。だってぶっちゃけ、地球外生命体なんだから、未知の成分とかでできててもいいわけじゃないですか。それでストーリーラインが崩れるわけじゃないし。
でも①と③の間に②を挟むことにより、③が持つ意味がめちゃくちゃデカくなると思うんですよね。技すぎる。もちろんグレースはロッキーのことをかつての自分を学術的な意味で救う存在であるとは思っていないと思うんだけど、『構成としてそうなっている』ということを…言いたかった!キャラクターが感じているわけじゃないエモーショナルを、俯瞰で感じることができる構成だなあと感じました。
もちろんこれだけじゃなく、いたるところに小技が差し込まれているので小説版はまた読み直ししてもいいかもなあと思います。読むたび発見のありそうな小説で、すごい。
あと、SFとしてのハッタリに説得力があるのがよかった。「そういう理屈なのね~」が作りこまれているのが個人的にめちゃくちゃ面白かったんですよね。地球の物理学のことも改めてわかりやすく描写してくれてるのが読んでて楽しかった。
これに関してはこの感想から膨らんで喋りたいことがあるので、後ほど触れます。
キャラクター
グレース
この男の一人称小説だったおかげでずっと楽しく読めていた感があります。ユーモアのある陰キャだ。
この物語で描かれたものは何だったのか?という質問には「友情」という回答をするかな、というところなのですが、この友情に説得力が生まれたのはグレースの設定の強さがあるからこそ! 「心の底から繋がっている仲間がいない」まま太陽系から遠く離れた宇宙に放り出されるの、流石にデカ課題を与えすぎである。ロッキーと出会えてよかったねえ…。
物語の最後に、自分が地球に帰還することよりロッキーを救うことを選んだことにあんな感動を付与させたのは、グレース周りで丁寧に描写された「心の底から繋がっている仲間がいない」という設定があったからこそ、というのが、正しくカタルシスですごいです。「カタルシス」を辞典で引いた時の例文にプロヘメを引用したほうがいい。
とにもかくにもロッキーの存在に救われ、また彼自身も変わっていく…主人公ってやっぱり変化してこそだと思うので、彼もまたそれを完遂したのがよかったです。
ちなみに、私はグレースに対して「地球に居場所が無かった」とまでは思っていなくて、最後のシーンでエリドの子供たちを相手に教師をしていたのがまさにその理由です。本人の『天職』は教師ではあったんじゃないかな、と思えるシーンであったため。
小説版では最後に太陽と地球を救えたことがわかって涙するシーンもあったので、地球に対する愛はちゃんとある、それでいて友を救うことを選んだというのがグレースの、ひいては人間の、簡単に説明できない気持ちの在り様ですよねえ。
ロッキー
グレースのたった一人の友達で、相棒! そしてかわいい。
見た目と生態に馴染みがないだけで、要素を分解したらかなり癖のないキャラクターだよなと思っています。宇宙人ってだけで持ってる要素がデカすぎるのは、そう! ロッキーって結構ちゃんと色々なものを持っている大人ですごい。母星にパートナーがいるの、すごい。癖のない善良な奴すぎるじゃん。だからこそちょっと捻くれてるグレースとコンビになったときに味が出るんだよなあ…間違いないなあ…。
それはそれとして、グレースと出会う前のロッキーに「心の底から繋がっている仲間がいない」という、乗せればグレースとお揃いになる要素を乗せなかったの、どういうバランス感覚なんだろう?と思っています。
ロッキーが抱える、グレースと同じ「ネガティブ」は、「このままだと母星が滅ぶ」という物語内の事実と「この広い宇宙でひとりぼっち」という物語を俯瞰して見える構造としての事実、なんだよな。
すごく元も子もないことを言うと、物語の構造を凝るのにわかりやすく仕込める技の一つに「まったく違うもの同士の一部要素だけを重ねる」があると思っていて、ここにキャラクターの課題を持ってくることでエモを生み出す手法ってのがあると感じているんですけど(えらそうに言っているが使いこなせるわけではまったくない)、この緻密に練られた作品の中でロッキーでそれやらなかったの!?という驚きがありました。それでいてロッキー周りの描写が少なかったとは感じなかったんだからすごいよなあ…アンディ・ウィアーの手のひらの上や。
全然関係ないですが、字幕で観たので「AMAZE!AMAZE!AMAZE!」が聞けてよかったです。吹き替え版でもここって同じですか?
ストラット
みーんな好きじゃんね。映画では描写がちょっと補完されてて、個人的には好ましかったです。でもまあちょっと賛否はありそう。何でカラオケ?みたいなね。
なんかこの人も不思議なキャラクターなんだよな。悪い人ではないし、悪役でもない。でもグレースとはほぼ『断絶』と言っていいような別れ方をしていて…。
自己完結能力がすごい人だなと思いました。人としても、キャラクターとしても?
ストラットの課題はとにかく「地球を救う」で、それ以上もそれ以下もないみたいな感じ故、あんまりネームドのキャラクターを絡めるようなエモを必要としない…のかな? 初めての味わいすぎて言語化にちょっと不安があります。
グレースの扱い方・感情の向け方まで自己完結してるのにはむしろ貫録を感じる。ま、まあストラットさんがそれでいいならいいんじゃないでしょうか…!?
でも計画終了後は大罪人として扱われる、みたいなのちょっとフィクション上の夢があるよね。みんなこれ言ってる気がするけど。そういう覚悟で組織をまとめてる女、かっこいいですよね。
映画版でよかったところ
ここまで喋ったことって大体小説版のいいところだったので、映画版のよかった部分語ります。
ただ私が小説→映画の順番で通ってしまったので、小説知らない状態で観てたらどうなってたかな…というのがちょっとよくわからない、上手く想像もできないんですよね。それだけちょっと心残りだけど、人生二周目では映画の方先に見て感想書くことにしよう(?)。
まず、ロッキーの宇宙船が映像で観れてよかった!!! これ嬉しかったです。船内まで!? いいんですか!?
いや~~本当に謎の物体すぎてよかった、本当に。異星の宇宙船ってものにわくわくしすぎるタイプ故…。めちゃくちゃかっこよくて感動しました。
あと、最後のシーンでグレースとロッキーがともに歩いているシーンも映像で観れて嬉しかったです。脳内を流れるアカシア2番Aメロ。君の一歩は僕より遠い、足跡は僕の方が多い…。
…という感じで、ストーリーにかかわる映画特有の! という部分は特に無く、『映像化されたものを楽しむエンタメ』として素直に楽しめました。こういうとき自分の『気にしなさ』が活きてよかったなと思う。「見た目こんな感じだったんだ!」を楽しむ作品だったかな~という感想になります。
あ、強いて言うならビートルズを受け取ったストラットの描写は映画ならではの追加描写であるかつ、ポジティブに受け取れるシーンだったかなと思います。個人的には小説版の方にあってもいいだろと思ってるんですよね。ここは映画で補完されてくれてよかったです。
小説版で満足できすぎてて映画になって「そこ端折ったの!?」みたいな不満は出なかったです。私、小説読んでるからわかるんですよね…(心の余裕)。
己(konagonattsu)との対話をめっちゃした
点数をつけるのは無粋かなって思うので雰囲気ベースで話するんですけど、まずぶっちゃけストーリーライン自体は私の好みではない気がしてます。
大前提として私は本当に、海外作品に、触れない!!! ディズニー作品をちょろっと見るくらいの人間なので、書こうとしてやめた感想の中に「こういう作品が海外から出てきてそれが日本も含めた世界にウケてるの、世界の『これ面白い!』が共通ということなのですごい」とかがあるレベル。何で今気づくんだよ。遅すぎるだろ。
あのね~~…中盤にある命の危険を感じるような危ないシーンに「うおっ!ストレス!」を感じてしまった。これプロヘメへの悪口じゃなくて、私がストレス耐性なさすぎるという話です。びっくりした、自分がこんなに弱いとは思わなかった。
メタ的にグレースとロッキーが本気で死ぬとは思ってないとは言え、だからこそ半分流し読みしちゃった感じありますね。もちろんあそこってロッキーが命を賭してグレースを助けてくれためっちゃいいシーンなのは、わかってるんだけど~~…!
シチュエーション自体がストレスだったんだよな。なまじ中盤だったが故、私がプロヘメに感じている面白さってグレースとロッキーの掛け合いだったりめちゃくちゃしっかりしている科学的なハッタリだったり…というものだったので、ああいう盛り上がりが若干ノットフォーミーだったのかもな、と思います。
先述した「SFとしてのハッタリの説得力」の比重が私の中ではすごく大きくて、ぶっちゃけこの手の説明一生しててほしかったとすら思ってる(?)。プロヘメくんは計算された物語である分、そんなことしたらそれはそれで逆につまらなくなるんだと思うけど…。でも気持ちは「一生読めるなこの説明」だったんだよな。読みやすすぎるし、わかりすぎて気持ちいいんだもん…。
重ねて言うけど、プロヘメくんは悪くない!!! どう考えてもああいうシーンは必要!!! 私が弱すぎるだけ!!!
逆に言うとNFMのシーンがあったのにも関わらず減点になってないのだから、やっぱあのシーンは正しく配置されていたのだなとも思う。物語の強度が高いと思うの、こういうところもそうですね。
もう一つ、合わなかったなあって部分があって、この感想文を書く前にちょっとだけ喋ってたことがあるんだけど。オチについてですね。
これ「特に好きなオチじゃなかったけどそれはそれとしてめっちゃおもろかった」みたいなやつだ!私はちゃんとする別離が好きなのでこういう感想になる。面白かった、ただ好きなオチじゃなかった、でも面白かったし良かったー!と思った。脳が混乱している。
いやびっくりした、私くん結構しっかり別離が好きだな?もちろんプロへメくんのオチとしてアレがめっちゃ嬉しいやつなのはわかるし私も嬉しかった。ただ私がちゃんとする別離のこと好きすぎた。
その…多分、宇宙という広大な場所で出会った二人に永遠の別れを予想して読んでたんだよな…。これは私がこれまで触れてきた宇宙題材のフィクションがめちゃくちゃ良い永遠の別れを描写してたせいもちょっとあると思ってて、なんかそういうのを期待してたものかと思われる。
一応言っておきたいのは、「じゃあグレースにロッキーを見捨ててほしかったんですか!?」て聞かれたらそれは違う!!! ってことで、私が言いたいのは「タウメーバ、キセノナイト通り抜けるな!!!」ってことなんですよ。この人また発生した問題そのものにストレス感じてないですか? やっぱストーリーラインが趣味に合ってないんだよな。
もちろんグレースがロッキーを助けに行くことを選択するあの流れはプロヘメくんには絶対に必要なのはわかってます。それはあの終盤までに積み上げてきた構造としてクリアしなきゃいけないものだったから。というか、あの選択があったからこそプロヘメは「友情の物語」として完成したわけだからそこにケチをつけられるはずがない。
なので、この話の着地点は「konagonattsuがちゃんと永遠の別れをするシチュエーションが好きすぎた」ってだけなんですよ…繰り返しになるけど…。
こんなに「合わない」のに「面白い!」を感じる作品はこれまであんまりなかったなと思う。物語を構造として見れるようになったり、感想の言語化を頑張るようになったからこその受け入れ方なのかもしれません。
もともとは感じたことを自分の言葉で言語化したい! と思ってこういう感想文を始めたところがあるんですけど、「あ、これが合わないってことは私って思ったよりこういうシチュエーションが好きなんだな?」と気づけたのは完全に意図してない副産物ですね。好みじゃなくても面白くて好きになれる作品ってあるんだな。あんまり聞かない日本語になっちゃってんじゃん。
*
気づいたらめちゃくちゃ書いていました。これまでの感想文の中で一番長くなったんじゃないだろうか。
ちょこちょこ普段追っかけてるブログや動画の感想も見たんですけど、やっぱり感じ方って人それぞれだな~と思えてそれも面白かったです。今度は知らない人の感想も見てみたいですね。
こういう「計算でめちゃくちゃ面白くなっている作品」に触れると自分もこういうのやりたーい! というモチベになるのもいいですね。いや、プロヘメくんの構成は絶対真似できない超絶技巧ではあるけど。でもやっぱ作り込みとバランスをちゃんと考えた方がいいものにはなるんだろうな…と改めて思える作品でした。
海外映画を日本で配給できてる理屈がよくわかってないからよくわかってない人間がなんか言うとる…で言うんですけど、ロッキーのぬいぐるみとか日本で売った方がいいよ。ビジネスとして普通にもっと儲けてほしすぎる、この作品に。

